歴代の愛車たち

最近の車はパワーがあってカッコイイ!

上の写真は最新の愛車であるトヨタ・シエンタX”Vパッケージ”、ハイブリッドもあるシエンタの中で、普通の1.5Lエンジンのみの最も安いグレード、ちょっとした軽自動車よりお買い得な車、でも燃費は街中で14~6km/h、遠出していいときは20~23km/hも走るのである。もう1台のアウトランダーPHEVよりも遠出するときは燃費がいいのには少し驚きだった。

以前は、車の燃費なんてほどんど気にしなかった。8km/hも走ればいい、そういう車でそういう走り方しかしなかったのに、今は燃費が来る選びに大きなファクターになっている。これも年齢を重ねた結果なのか、単に経済的な理由なのか、でもトヨタ・シエンタX”Vパッケージ”、予想以上にいい車だ。この車やアウトランダーPHEVもぜひお勧めしたい車なのだが、今日は今までどんな車を乗ってきたのか、歴代の愛車を少し思い出してみたいと思う。

免許をだいぶ前から車大好き人間だった。最近の若い人たちは、あまり車に興味のない人が多いようなことが書いてあったけど、僕らの若いころは車は大事なアイテムだったのである。

それにしても、最近の車のパワーは凄い。40年前は、150馬力ぐらいあれば、相当のハイパワーカーだったけど、今はそのくらいのパワーであれば、ごく普通の乗用車やワンボックスカーでも当たり前になっている。しかも、200馬力でもそれほどのハイパワーという感じではなく、300馬力を超えてやっとハイパワーというイメージがついてくる、って感じなのではないだろうか。

僕らの若いころから考えると本当に夢のようである。と、こんなことを書くと、いかにも年を取ったということを改めて感じてしまう。が、事実だから仕方ない。そして最近の車は、セダンでもシルエットはクーペのようでかっこいい。なんで若い人たちが車離れをしているのか、と思ってしまう。

が、よく考えればその頃は興味の対処が今に比べればかなり限られていたということだろう。当時はまだテレビゲームもない時代、ボードゲームの人生ゲームが人気だったかな。パソコンはおろか、まだワープロや電卓も普通の人には縁のないアイテムだった。テレビの番組も今みたいにバラエティ番組はごく限られていたし、映画は映画館で見るしかなかった。

今は映画なんて家のテレビでもちょっと前の映画ならほとんど見たものが見れるし、スマホやタブレットで電車の中でも、どこでも見られる、それが当たり前の若い人たちとは全く感覚が違うのだろう。特に都会に住んでいれば、車なんかなくても、電車でほぼ不自由なくどこへでも行ける。相対的に車のステータスが下がってくるのは当然かもしれない。

僕は今でも車大好き人間である。でも、その趣向は大きく変わってきた。若いころは車を運転する面白さ第一優先、次にメカニズム、パワー。だから燃費何て悪いのが当たり前。そういう車を選んでいたからね。でも今は、第一優先は経済性、次に車の中で快適に寝れるかどうか、というところになっている。まぁ、お金がないから、ということもあるけどね。

最初の愛車は三菱自動車のギャランGTO

車に興味を持ったのが初学生高学年の頃だった。近くに三菱自動車のディーラーがあり、そこの試乗車であったギャランGTOが走っているのを見て、なんてかっこいいんだ、というのがきっかけだったかな。当時は今でも人気のあるスカイラインGT-Rと言っても初代のハコスカのGT-Rが現役だったころである。同じエンジンを乗せたフェアレディZの432Rという車もあった。外車は当時はアメ車が主流、その中でも僕らの中であこがれだったのが、フォードのムスタング、今はマスタングっていうのかな。そのマスタングでもマッハ1というのが最高峰として君臨していた。

またトヨタのセリカが初めて登場したのもこのころであった。当初はクーペタイプのみだったがこれもかっこよかった。少し遅れてセリカのリフトバックが登場、これはさらにかっこよかった。その後さらにセリカのXX(ダブルエックス)という車種も追加され、それがのちのスープラになるのである。そしてソアラ、この車のデビューも衝撃的だった。そういえば、今はセリカもスープラもソアラも名前は残っていない。スープラは復活するようなことも言われているけど、セリカという名前もぜひ復活させてほしいものである。

そんな感じで小学生時代から車大好き人間だったので、高校3年の夏に18歳になるとすぐに車の免許を取得した。免許は教習所で取ったのだが当時は最短で28時間だった。僕は28時間で卒業、免許を取得した。余分な1時間は、なぜか仮免の試験でクランクを出たところで右側通行をしてしまい、そこでアウト、補修を1時間受けざるを得なくて、28時間となってしまったのである。

その後しばらくは家で父親が乗っていたコロナに乗ることになったが、どうしても自分の車が欲しくて親を説得、中古のギャランGTOが初めての愛車となったのである。ギャランGTOでも本当はソレックスのツインキャブ、オーバーフェンダーを装着したGS-Rが欲しかったのだが、高くてそれはあきらめて、シングルキャブ、オーバーフェンダーなしのSL-5というグレードの車が愛車となった。それでも当時は十分満足だった。

このギャランGTOから実質的に僕の車遍歴が始まったのである。ギャランGTO、今見てもかっこいいと思う。のちに三菱自動車からGTOという派手な車が登場したが、今でもギャランGTOの復活を待ち望んでいる。と言っても出ても買わない(買えない)だろうけど。

グーグルでギャランGTOの画像検索をしたらたくさん出てきた。懐かしいと思う人もいると思うので、下のリンクからぜひ見てください。

▼グーグルの画像検索結果(ギャランGTO)

その後の愛車たち、それぞれが懐かしい

この際、今まで乗ってきた愛車を全てリストアップしてみよう。

  1. 三菱 ギャランGTO
  2. トヨタ カローラ・レビン(TE71)
  3. トヨタ スプリンター・トレノ(AE86)
  4. マツダ ファミリア∞(アンフィニ)
  5. 三菱 ギャランVR-4
  6. ★ダイハツ ララターボ4WD
  7. 日産 セレナ
  8. トヨタ ハイエース(4ナンバー)
  9. ルノーエスパス 2.8L
  10. ★ランチャ デドラ
  11. ルノーエスパス 2.0L
  12. ★フィアット クーペ
  13. 三菱 パジェロ
  14. 日産 キャラバン(4ナンバー)
  15. ★ルノー カングー
  16. 三菱 アウトランダーPHEV
  17. ★ダイハツ ミラ・イース
  18. ★トヨタ シエンタ

*★印はセカンドカー扱いの車たち

ギャランGTOとカローラ・レビン(TE71)は千葉の実家にいるとき、そのあとハイエース(4ナンバー)までが長野、エスパス2台とランチャ・デドラとフィアット・クーペがルクセンブルグそれ以降は、日本の千葉、現在は冒頭で紹介したアウトランダーPHEVとシエンタである。

思い出すとそれぞれの車に思い出がある。

カローラ・レビンから(TE71)から乗り換えた、スプリンター・トレノ(AE86)はリトラクタブルヘッドライトがひとつの理由だったが、今は同型のカローラ・レビンとともに86としていまだに人気があり、その名前は現在のトヨタ・86に受け継がれた。AE86は確かにとても面白い車だった。長野の峠道によく走りに行ったもんだ。スピンして草むらに突っ込みそうになったこともあった。当時はスパイクタイヤが普通だっとのでこのスパイクタイヤで雪道を走るのも面白かったが、雪のない峠道を走るのは、もっと面白かった。何せ、舗装路をスパイクタイヤで走る、スピードはそれほど出てなくても、とてもよく滑るのだ。そして、最高に面白かったのが、このAE86トレノにスパイクタイヤを履かせて、首都高速を走ることであった。首都高がまるでアイスバーンで出来ているかのように、全くクリップ感なくスイスイ滑るように走れるのである。今はスパイクタイヤなんてないので、もう出来ないし、あってもそんな走り方出来る技術もないだろうけど。

と、思い出していくと限りなく書けてしまうので、このへんで止めておこう。でも、たまにこれらの愛車を思い出し、書いてみたいと思う。



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